水戸地方裁判所麻生支部 昭和61年(ワ)40号 判決 1989年4月28日
原告
飯田幸伸
ほか一名
被告
中川太平
ほか二名
主文
一 昭和六一年五月四日午後七時三〇分ころ、茨城県鹿島郡神栖町神栖二丁目一番地先交差点内で、原告(反訴被告)飯田幸伸運転の原告(反訴被告)飯田栄所有の普通乗用自動車(登録番号千葉五六つ一二五二)と青柳順一運転の(青柳実所有の)普通乗用自動車(登録番号水戸五五と一九三四)との間で発生した交通事故に関し、原告(反訴被告)らの被告(反訴原告)らに対する損害賠償債務が、原告(反訴被告)ら各自について、被告(反訴原告)ら各自に対して金二〇万円及びこれに対する昭和六一年五月四日から右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を越えては存在しないことを確認する。
二 原告(反訴被告)らは各自、被告(反訴原告)ら各自に対し金二〇万円及びこれに対する昭和六一年五月六日から右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告(反訴被告)らのその余の請求及び被告(反訴原告)らのその余の反訴請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告(反訴被告)らの負担とし、その余を被告(反訴被告)らの負担とする。
五 この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 本訴請求について
1 請求の趣旨
(一) 昭和六一年五月四日午後七時三〇分ころ、茨城県鹿島郡神栖町神栖二丁目一番地先交差点(以下「本件交差点」という。)内で、原告(反訴被告)飯田幸伸(以下「原告幸伸」という。)運転の原告(反訴被告)飯田栄(以下「原告栄」といい、原告幸伸と併せて「原告ら」という。)所有の普通乗用自動車(登録番号千葉五六つ一二五二、以下「原告車」という。)と青柳順一(以下「青柳」という。)運転の青柳実所有の普通乗用自動車(登録番号水戸五五と一九三四、以下「青柳車」という。)との間で発生した交通事故(以下「本件事故」という。)に関し、原告らの被告(反訴原告)ら(以下「被告ら」という。)に対する損害賠償債務が存在しないことを確認する。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
2 請求の趣旨に対する被告らの答弁
(一) 原告らの被告らに対する請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
二 反訴請求について
1 被告らの請求の趣旨
(一) 原告らは各自、被告(反訴原告)中川太平(以下「被告中川」という。)に対して金六二二万二八〇〇円、被告(反訴原告)石津美代子(以下「被告石津」という。)に対して金六二七万七九二〇円、被告(反訴原告)早野明美(以下「被告早野」という。)に対して金二三一万二四七二円、及びそれぞれに対する昭和六一年五月六日から右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張(その一 本訴請求について)
一 原告らの請求原因
被告らは、原告らに対し、本件事故に起因する損害賠償債権を有すると主張している。
よつて、原告らは、本件事故に関して原告らの被告らに対する損害賠償債務が存在しないことの確認を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
請求原因事実は認める。
三 被告らの抗弁
(損害賠償債権の存在)
1 (原告幸伸の過失による本件事故の発生)
青柳は、昭和六一年五月四日午後七時三〇分ころ、青柳車に被告中川、被告石津、被告早野を同乗させて同車を運転し、本件交差点を鹿島町溝口方面へ直進しようとしていたところ、折から反対車線を反対方向から原告車を運転して進行してきた原告幸伸が、青柳車を認めながらその直前を右折した過失により本件事故を惹起した。
2 (原告栄の原告車の運行供用)
原告栄は、本件事故当時、原告車を所有して原告車を自己の運行の用に供していた。
3 被告らの損害
(一) 被告中川の損害
(1) 治療費
被告中川は、本件事故により頸部捻挫の傷害を受け、本件事故当日から城之内病院で治療を受け、昭和六一年五月六日から同年九月二九日まで同病院に入院し、その後昭和六二年二月四日まで同病院に通院して治療を受けたもので、その間の治療費は合計一九三万五一八〇円を下らない。
(2) 逸失利益
被告中川は、暴力団員であるが、組関係の仕事をしたり、また時々正業につくなどして生活費を稼いで平均的な生活を送つていたところ、本件事故により昭和六一年五月から昭和六二年一月までの九か月間の得べかりし収入を失つたもので、被告中川の本件事故当時の年令が二九歳であつたことを考慮して、被告中川の右当時の収入は、昭和五六年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の年令階級別給与額の一・〇七〇一倍をもとにして算出すると月額二八万〇一〇〇円となり、これの九か月分、合計二五二万〇九〇〇円の得べかりし収入を喪失した。
(3) 入院雑費
被告中川は、前記のとおり、昭和六一年五月六日から同年九月二九日まで一四六日間入院し、この間一日一〇〇〇円の割合合計一四万六〇〇〇円の入院雑費を要した。
(4) 通院交通費
被告中川は、前記のとおり、昭和六一年九月二九日に退院後昭和六二年二月四日までの間通院し、この間に一回当たり往復一一〇〇円のタクシー代の一〇〇回分、合計一一万円の通院交通費を要した。
(5) 慰謝料
前記の入通院期間を考慮して、本件事故による慰謝料は一四一万円が相当である。
(6) 弁護士費用
被告中川は、本件事故に起因して本件訴訟遂行のため弁護士を委任せざるを得なくなり、着手金一〇万円の支払いを余儀なくされた。
(二) 被告石津の損害
(1) 治療費
被告石津は、昭和六〇年八月一八日に別の交通事故により受傷して治療中に本件事故に遭遇して頸部捻挫の傷害を受け、右新たな受傷については昭和六一年五月六日に城之内病院で初診を受け、同年同月八日から同年一〇月三〇日まで同病院に入院その後昭和六二年三月一四日まで同病院に通院して治療を受けたもので、その間の治療費は合計二三八万九三四〇円を下らない。
(2) 逸失利益
被告石津は、前記昭和六〇年八月の事故当時はスナツク及びゲームセンターに勤務して一日当たり一万六〇四九円の収入を得ていたが、右のような収入を長年継続して取得することは困難であるので、女子の年令別平均給与額をもとにして算出することとし、被告石津が本件事故当時二七歳であつたことから、一か月一九万二八〇〇円の収入を得べかりしものとして、昭和六一年五月から昭和六二年二月までの一〇か月分合計一九二万八〇〇〇円の得べかりし収入を喪失した。
(3) 入院雑費
被告石津は、前記のとおり、昭和六一年五月八日から同年一〇月三〇日まで一八六日間入院し、この間一日一〇〇〇円の割合、合計一八万六〇〇〇円の入院雑費を要した。
(4) 通院交通費
被告石津は、前記のとおり、昭和六一年一〇月三〇日に退院後昭和六二年三月一四日までの間通院し、この間に一回当たり往復二五四〇円のタクシー代の七二回分、合計一八万二八八〇円の通院交通費を要した。
(5) 慰謝料
前記の入通院期間を考慮して、本件事故による慰謝料は一四八万円が相当である。
(6) 弁護士費用
被告石津は、本件事故に起因して本件訴訟遂行のため弁護士を委任せざるを得なくなり、着手金一〇万円の支払いを余儀なくされた。
(三) 被告早野の損害
(1) 治療費
被告早野は、本件により頸部捻挫の傷害を受け、本件事故の当日城之内病院で治療を受け、同年同月一〇日から同年六月三日まで同病院に入院、その後同年九月二九日まで同病院に通院して治療を受けたもので、その間の治療費は合計一三万五五六〇円を下らない。
(2) 逸失利益
被告早野は、本件当時二五歳であつたので、年令別平均給与額により一か月一九万二〇〇〇円、昭和六一年五月から同年九月までの五か月分合計九六万円の得べかりし利益を喪失した。
(3) 入院雑費
被告早野は、前記のとおり、昭和六一年五月一〇日から同年六月三日まで二五日間入院し、この間一日一〇〇〇円の割合、合計二万五〇〇〇円の入院雑費を要した。
(4) 通院交通費
被告早野は、前記のとおり、昭和六一年六月三日に退院後同年九月二九日までの間通院し、この間に一回当たり往復一四二〇円のタクシー代の七五回分、合計一〇万六五〇〇円の通院交通費を要した。
(5) 慰謝料
前記の入通院期間を考慮して、本件事故による慰謝料は七〇万円が相当である。
(6) 弁護士費用
被告早野は、本件事故に起因して本件訴訟遂行のため弁護士を委任せざるを得なくなり、請求金額の約二割の三八万五四一二円の弁護士費用の支払いを余儀なくされた。
四 抗弁に対する原告らの認否
1 抗弁1、2の各事実は認める。
2 同3の各事実はすべて否認する。
本件事故は、原告車及び青柳車が停止寸前に原告車の右バンパー付近が青柳車の右フエンダー付近にわずかにかみあつた程度のものであり、これによつて青柳車に同乗していた被告らが受傷する機序はなく、被告らの入院治療は賠償目的の意図的なものである。
また、被告中川は、逸失利益を主張しているが、同人は暴力団員であり、同人が得ていた収入はいわゆるブラツクマネーであつて、逸失利益(休業損害)として請求できるものではなく被告石津も被告中川と内縁関係にあり、同様逸失利益を請求できないというべきである。
第三当事者の主張(その二 反訴請求について)
一 請求原因
本訴抗弁1ないし3の各事実と同じ。
よつて、被告らは、原告幸伸に対しては民法七〇九条、原告栄に対しては自動車損害賠償保障法三条に基づき、前記各損害金、被告中川については六二二万二八〇〇円、被告石津については六二七万七九二〇円、原告早野については二三一万二四七二円、及び右各金員に対する不法行為の後である昭和六一年五月六日から右支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
本訴抗弁1ないし3の各事実に対する認否と同じ。
第四証拠
本件記録中の証拠関係目録の記載を引用する。
理由
一 本訴請求原因事実は当事者間に争いがない。
二 本訴抗弁事実と反訴請求原因事実は共通であるので、以下まとめて判断する(以下、本訴抗弁と反訴請求原因とで共通の事実を表示するときは、本訴抗弁の項目の番号で表示する。)。
1 抗弁1(原告幸伸の過失による本件事故の発生)、及び同2(原告栄の原告車の運行供用)の各事実は当事者間に争いがない。
2 抗弁2(原告らの損害)について
(一) 原告らは、本件事故によりそれぞれ頸部捻挫の傷害を受けたとして、それに起因して種々の損害の費目を挙げているので、まず、原告らが本件事故により頸部捻挫の傷害を受けたと認められるかについて検討する。
(二) 本件事故の経過、態様について
前記争いのない事実及び弁論の全趣旨により成立が認められる甲第一号証、青柳車の写真であることにつき当事者間に争いがない甲第二号証の一ないし三、原告車の写真であることにつき当事者間に争いがない甲第三号証の一ないし七、成立に争いのない乙第一六号証の一ないし七、原告幸伸及び被告ら各本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実が認められる。
本件事故の発生した本件交差点は、鹿島郡鹿島町方面から同郡波崎町方面に通ずる国道一二四号線(以下「本件道路」という。)と、同郡神栖町東深芝方面から同町高沢方面に通ずる道路とが交差する部分であり、本件事故の際、青柳車は、本件道路を鹿島町方面から波崎町方面に向かつて直進して本件交差点に差しかかつた。
青柳車は、青柳が運転し、助手席に被告中川、後部座席の進行方向右側に被告早野、その左側に被告石津が乗つており、以上四名が乗車していた。
一方、原告幸伸は、本件事故の際、本件道路を青柳車とは反対方向の、波崎町方面から鹿島方面に向かつて進行してきた。
本件道路は、中央分離帯で両方向の通行部分が分離されており、青柳車の進行したきた方向、すなわち波崎町方面に向かう部分は、二車線であるが、本件交差点直前においては右折専用の車線が一つ設けられているため、その部分は片側三車線となつている。本件道路の原告車が進行してきた方向、すなわち鹿島町に向かう部分は、二車線であるが、本件交差点直前においては右折専用の車線が二つ設けられているため、その部分は片側四車線となつている。
本件事故の際、原告幸伸は、本件交差点を右折するべく右交差点直前の原告車進行方向の二本の右折用車線のうちの右側に入り一旦赤信号で停止したが、青信号になつたため交差点の中央部分に進んで右折する機会を待つて停止していた。
そのころ、青柳車は、本件道路を波崎町方面に向かい、本件交差点を直進通過するべく本件交差点手前の直進車線のうちの進行方向右側の車線を走行してきた。
原告幸伸は、反対方向から進行したきた青柳車を認めたが、青柳車が右折の合図をしたような気がしたので、原告車は発進して右折を開始したが、青柳車はそのまま直進してきたので急遽制動の措置をとつたが間に合わず、本件道路の波崎町方面に向かう車線の中央付近で青柳車と衝突した。
青柳車は、右の際、原告車が自車の前方で右折を開始したのを見て急制動をし、かつ正面衝突を回避するためにハンドルを左に切り、左に旋回して停止する直前に原告車の前部バンパー左端が青柳車の左側面の前輪フエンダー中央部に衝突した。
被告らは、右旋回及び衝突により横向き及び前方に力を受けそれぞれ青柳車内のドア、座席等に体がぶつかり、ある程度の衝撃を受けた。
以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
(三) そこで、以上の経過で発生した本件事故により原告らがその主張する傷害を受けたと認められるかについて検討する。
(1) いずれも成立に争いのない乙第二号証、第六、第七号証、第一二号証、第一七ないし第二二号証、第三三号証、証人城之内一夫の証言、被告中川本人尋問の結果によれば、被告中川は、本件事故により頸部捻挫の傷害を受けたとして、本件事故当日から城之内病院で治療を受け、昭和六一年五月六日から同年九月二九日まで同病院に入院し、その後昭和六二年二月四日まで同病院に通院して治療を受けた事実が認められ、いずれも成立に争いのない乙第三号証、第八、第九号証、第一三号証、第二三ないし第三二号証、前掲証人城之内の証言、被告石津本人尋問の結果によれば、被告石津は、昭和六〇年八月一八日に別の交通事故により受傷して治療中に、本件事故に遭遇して頸部捻挫の傷害を受けたとして、その新たに受けたとする傷害については昭和六一年五月六日に城之内病院で初診を受け、同年同月八日から同年一〇月三〇日まで同病院に入院、その後昭和六二年三月一四日まで同病院に通院して治療を受けた事実が認められ、いずれも成立に争いのない乙第四号証、第一〇、第一一号証、第一四号証、前掲証人城之内の証言、被告早野本人尋問の結果によれば、被告早野は、本件事故により頸部捻挫の傷害を受けたとして、本件事故の当日城之内病院で治療を受け、昭和六一年五月一〇日から同年六月三日まで同病院に入院、その後同年九月二九日まで同病院に通院して治療を受けた事実が認められる。
しかしながら、右各証拠によれば、右被告らが受けた各治療は、被告らの主訴に基づいてそれに対応する治療行為がされたものにすぎず、被告らが受傷したとする客観的な症状、検査結果等は存しない事実が認められることからして、被告らが右のような治療を受けた事実及び被告らの供述だけから被告らが受傷したとする事実を認定することはなお不十分である。
(2) そこで次に、本件事故における、原告車及び青柳車の物理的な挙動を力学的又は工学的観点から、被告らが本件事故によつて受傷する蓋然性の有無を検討することとする。
本件事故の際、被告らが乗車していた青柳車に働いた力で、一般的に、原告らが受傷する原因になりうる力としては、原告車と青柳車との衝突による衝撃力、青柳車が急転把したことによる遠心力及び青柳車に制動がかかつたことによる力が考えられるので、以下これらについて順次検討する。
<1> 本件事故による原告車と青柳車との衝突による受傷の可能性について
前掲甲第一号証、第二号証の一ないし三によれば、本件事故により青柳車に生じた主な損傷は、その右前部フエンダー中央部に生じた深さ約五センチメートルのへこみであると認められ前掲甲第一号証、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第一二号証によれば、この程度のへこみの生ずる衝撃加速度は、右へこみの深さ及びその他の本件事故に関する前提条件についてある程度被告らの立場に有利な想定を行つても、たかだか重力加速度の〇・一九倍程度であり、この程度の衝撃によつて青柳車の乗員の頸部その他の身体の部位に損傷が生ずるとは一般的に考えられないものと認められ、右衝突自体によつて被告らが受傷したと認めることはできず、他にも右事実を認めるに足りる証拠はない。
<2> 本件事故の際の青柳車の左急旋回による受傷の可能性について
前記認定のとおり、本件事故の際、原告車が、本件交差点において右折を開始したことに青柳車が気付いて衝突を回避するために青柳車が左に旋回したのであるが、その旋回時の速度を明確に認定する直接的な証拠はないが、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第一三号証によれば、もし時速八〇キロメートルで半径一〇メートル程度の円を描いて旋回したとすれば、青柳車には重力加速度の五〇倍以上の遠心力がかかることとなり、また、一般的に自動車の車体構造の設計に当たつて車体にかかるものとして設定する力は重力の二ないし三倍程度であるものと認められ、かつ右甲第一三号証によれば、本件事故の現場には本件事故の際の青柳車のタイヤのスリツプ痕(急旋回した場合に発生すると推定されるスリツプ痕も含めて)はなかつたと認められることに照らすと、青柳車が本件事故の際、時速八〇キロメートルの速度で左に急旋回したとは考えられず、むしろ、右のとおり、車体構造の設計に当たつて設定される力が重力の二ないし三倍程度であることに照らして、本件事故の際の左旋回による遠心力はたかだか重力の三倍程度であるとしてその程度の遠心力を発生させる速度を、本件事故当時の原告車及び青柳車の推定される重量等を前提に一般的な経験則によつて推定すると、前掲甲第一三号証によれば、時速約五〇キロメートル程度であり、この推定は、前記のように本件事故現場にタイヤのスリツプ痕がなかつたこと等本件事故の状況とも矛盾しないものであつて、妥当な推定と解される。
そして、右の数値を前提に、遠心力との関係において青柳車が本件事故の際に受けた衝突力を推定すると、前掲甲第一三号証によれば、重力の〇・八五倍程度と推定され、そして、右甲第一三号証によれば、一般的に右程度の衝突力では鞭打ち損傷は発生しないものと推定される。
<3> 青柳車の制動による受傷の可能性について
前記認定のとおり、本件事故現場には青柳車のタイヤのスリツプ痕は残つていなかつたことから、青柳車の制動自体は極度に急激なものではなかつたと推認され、また、前掲甲第一号証及び弁論の全趣旨により成立が認められる甲第一四号証によれば、一般的に、自動車のかなりの急激な減速でもその制動による力(加速度)は、重力の〇・七倍程度であると認められ、そして、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第一五号証によれば、一般的に、右〇・七程度の加速度では鞭打ち損傷の発生する可能性は否定される傾向にあるものと認められる。
(3) 以上の(2)<1>ないし<3>の諸点を考慮すると、前掲各証拠から被告らが本件事故により受傷したものと認めることは証拠上なお不十分といわざるを得ず、他にも右事実を認めるに足りる証拠はないから、被告らが本件事故により受傷したことを前提とする請求は理由がない。
(4) 被告らの慰謝料請求について
右のとおり、被告らが本件事故により受傷したことを前提とする請求は理由がないが、前記の本件事故の経過によれば、被告らは、原告の過失により青柳車の急制動、急転回及び原告車との衝突により、青柳車の車内のドア等に打ちつけられるなどして衝撃を受けるとともに、本件事故の展開によつては大きな人身事故、場合によつては死亡事故にも発展しかねなかつたことによる恐怖感を味わつたことは容易に推認でき、原告らは、これらによる被告らの精神的苦痛に対して慰謝料を支払うべきであり、右に対する慰謝料は被告ら各自につきそれぞれ二〇万円が相当である。
(5) 弁護士費用の請求について
弁護士費用以外の以上の認容額に照らすと、右程度の金額であれば任意履行の可能性があつたものと解し得るから、原告らの不法行為により被告らが弁護士費用相当の損害を受けたとは直ちにいうことができず、他にも右事実を認めるに足りる証拠はない。
三 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求は、被告らに対して、それぞれ本件事故による損害賠償債務が二〇万円及びこれに対する本件事故の日である昭和六一年五月四日から右支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を越えては存在しないことの確認を求める限度で理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却し、被告らの反訴請求は被告ら各自が原告ら各自に対して本件事故による損害賠償金二〇万円及びこれに対する本件事故の後である昭和六一年五月六日から右支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 池田直樹)